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東京簡易裁判所 平成10年(ハ)29879号 判決 1999年3月19日

原告

株式会社パルリサーチセンター

右代表者代表取締役

鈴木徳雄

右訴訟代理人

岡崎隆

被告

渡辺雅晴

右訴訟代理人弁護士

森雅子

右訴訟復代理人弁護士

高島秀行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一九一万一三一五円及び内金三六万二一〇九円に対する平成一〇年八月二九日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求原因の要旨

1  訴外総合信販株式会社(昭和五九年七月一日にジーシー株式会社と商号変更)は、昭和五八年六月六日、被告に対し、金四三万円を貸し渡した。

2  原告は、昭和六〇年九月五日、右貸金債権を右訴外人から譲り受けた。

3  右譲受債権(貸金債権)の残額一九一万一三一五円及び残金三六万二一〇九円に対する平成一〇年八月二九日から支払済みまで年三六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

1  債権譲渡の対抗要件欠缺の抗弁

被告は、右訴外人から原告への債権譲渡(前記貸金債権の譲渡)の通知を右訴外人から受けていないし、右譲渡を承諾したこともない。したがって、原告を右貸金債権の債権者と認めない。

2  消滅時効援用の抗弁

(一) 期限の利益喪失の日の翌日である昭和五九年四月二八日から起算して五年(商事債権)が経過した。

(二) 被告は、原告に対し、平成一〇年一〇月三〇日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

三  原告の主張

1  債権譲渡の通知の再抗弁

右訴外人は、債務者である被告に対し、内容証明郵便をもって前記貸金債権を原告へ債権譲渡する旨の通知をし、右郵便は、昭和六二年二月二二日債務者である被告に到達した。

2  信義則による時効援用権喪失の再抗弁

被告は、右時効期間経過後に、右援用に先立って、原告に対し、平成六年六月一日から同九年七月一一日まで計三三回にわたり合計三三万円を支払い、今になって時効を援用するのは信義則に反する。

四  争点

1  右訴外人は、被告に対して前記貸金債権の債権譲渡の通知をしたか。

2  被告が右時効期間経過後に、右援用に先立って、一部弁済したことが時効援用権の喪失を招来するほど信義則に反したと言えるか。

第三  争点に対する判断

一  請求原因事実のうち、訴外人と被告との間の金銭消費貸借契約締結の事実及び貸付金額が金四三万円であることは、当事者間に争いがない。

二  争点1について

証拠(甲一ないし甲四)によれば、これを認めることができる。

三  争点2について

1  証拠及び弁論の全趣旨によれば、

(一)(1) 時効期間完成後、支払再開時(平成六年六月一日)における本件貸金債務の残金は金一六八万八四六三円(残元金三六万二一〇九円、利息・損害金一三二万六三五四円)であったこと、

(2) 被告は、右支払再開時から平成九年七月一一日までの間に月々一万円ずつを計三三回にわたり合計金三三万円を支払ったこと、

(3) 右残元金(金三六万二一〇九円)に対する年三六パーセントの割合による年間の遅延損害金は、計一三万〇三五九円(金三六万二一〇九円×三六パーセント)となり、原告が被告との間に合意に達したとする月々一万円ずつの支払では、右遅延損害金にも満たない計算になるので、被告が同額での支払をいくら継続したとしても、右支払再開時の残額にほとんど変動はなく、むしろ遅延損害金が漸増すること、

(4) 現に、被告は、右支払再開後、月々一万円ずつの支払を計三三回にわたり継続したが、その間、支払再開時の残額が減額になるどころか、かえって漸増していること、

(5) 原告が昭和六〇年九月五日に本件貸金債権の債権譲渡を受けた時点での残額は、約五四万円余(残元金三六万二一〇九円、利息・損害金一八万円余)であったところ、その後、支払再開時までのおよそ八年九か月の間に残額のうち遅延損害金は一三二万六三五四円に漸増し、右債権譲渡時に比較して約七倍余に膨れ上がっていること、

その間、原告は、平成二年に支払命令の申立(甲五)をしただけで、総じて拱手傍観的立場に終始したこと(以上いずれも支払督促申立書記載の別紙計算書、弁論の全趣旨)、

(二) 被告から債務整理の委任を受けた森雅子弁護士から債権者である原告あてに受任の旨及び今後被告へは直接請求や連絡をせず、森弁護士あてにするよう文書にて通知(平成九年九月一八日付け)をしていること(乙一)、

(三) その後(平成一〇年四月二〇日)、原告は、被告に対し、「強制執行予定の通知」と題する書面を送付していること(乙二の一)、

(四) 右書面(乙二の一)は、森弁護士から、被告が債務整理に関する権限を同弁護士に委任した旨の通知を受けた後に、右弁護士を介することなく被告に対し直接送付されていること(乙一、乙二の一)、

(五) 右強制執行予定の通知と題する書面(乙二の一)には、要旨、「仮執行宣言付支払命令は確定し、執行力を有しているので、支払がなければ近日中に右仮執行宣言付支払命令に基づいて強制執行の申立をする。」旨の記載がある。そして、この支払命令の申立は原告が被告を相手にして豊島簡易裁判所に本件貸金債権と同一の債権につきなされたもので、平成二年五月一〇日支払命令が発せられ、同年七月三日右支払命令に対し仮執行宣言が付せられたが、右仮執行宣言付支払命令は被告に送達未了であった。したがって、この仮執行宣言付支払命令は執行力が発生しておらず、いまだ債務名義にはなっていなかったこと(甲五、乙二の一、弁論の全趣旨)、

がそれぞれ認められる。

2  そして、これらの事実(支払再開時の原告の対応及びその後の原告の取立の経緯等)を総合すると、原告が消滅時効完成後、右援用に先立って、支払再開時に被告の無知に乗じて被告に対し一部弁済させたことを推認することができる。したがって、被告が消滅時効期間経過後に右時効の援用に先立って一部弁済をしたことを捉えて、時効援用権の喪失を招来するほど信義則に反したものとするのは相当ではない。

3  これに反し、原告は、

(一) 前記支払再開時(平成六年六月一日)に、原被告間で本件貸金債権が存在することを確認しあうなど充分に話し合いをした結果、毎月五日限り、月々一万円ずつを分割して支払うとの合意に達し、以来、被告は、約定どおり月々一万円ずつを都合三三回にわたり計三三万円を支払った、

(二) 前記の仮執行宣言付支払命令(甲五)が被告に送達になっていないことは、つい最近になって当該命令を発した裁判所に送達日を確認してはじめて判明した、原告としては、支払命令に仮執行宣言が付されたので、債務名義が存在し、強制執行ができるものと誤認の上、被告に対し強制執行の予告を行った、

とそれぞれ主張する。

4  しかし、原告の主張は、次の理由により、いずれも前記認定を左右するものではない。

(一)(1) (始めに)

民法第一四六条は、時効完成前の時効利益の放棄は許されないとしているが、その反対解釈として、時効完成後の放棄は有効と解される。そして、判例は、債務者が自己の負担する債務について消滅時効が完成した後に、債権者に対する債務の承認(一部弁済)をした場合、時効完成の事実を知らなかったとしても、以後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないとする(最大判昭和四一・四・二〇民集二〇巻四号七〇二頁)。その理由は、時効完成後、債務者が債務の承認(一部弁済)をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないとすることが、信義則に照らし相当であるからとしている。つまり、判例は、債務者の時効完成についての知・不知にかかわらず、時効に関する道徳的側面をとらえて、時効の援用を許さないとしている。

(2) そうすると、債権者が消滅時効完成後に、例えば、欺瞞的方法(債務者の無知に乗じて)を用いて債務者に一部弁済を促したり、債権の取立が法令や各種通達などに牴触する方法でなされた場合にまで、債権者の信頼を保護するために債務者がその債務について消滅時効の援用権を喪失すると解すべきいわれはない。

(二) 右を前提に考えると、

(1)① 原告が主張するような、支払再開後の月々一万円ずつの支払では、前記認定のとおり、一か月の遅延損害金の金額にも満たないのであるから、支払開始時の残額(金一六八万八四六三円)は一向に減らないばかりか、むしろ、月を経るごとに年々歳々遅延損害金が漸増していくことになる。したがって、総体的には、月々一万円ずつの支払をいくら継続したとしても、支払再開時の残額を超えることはあってもそれ以下になることはない。すなわち、被告の右支払は前途にまるで希望の灯の見えない徒労というほかない。

② 原告は、被告と右支払再開時に本件貸金債務について充分に話し合い、被告が納得したうえで支払の再開になったと言うが、被告が真にその支払がいかなる結末を招来するかの充分な理解と認識を得ていたならば、はたして徒労に帰するほかない右支払の再開を承諾したかどうか疑問なしとしない。そうすると、被告の支払の再開は、原告の明示又は黙示によるなんらかの欺瞞的方法(被告の無知に乗じて)を用いた働きかけによって被告に支払の再開をさせたものと解するのが相当である。

(2) 次に、支払再開のその後の、原告の被告に対する取立についての経緯をみると、原告は、被告が債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知を当該弁護士から受けた後に、被告に対し直接支払請求をしており、この原告の行為は、特段の事由のないかぎり、貸金業の規制に関する法律についての大蔵省の基本通達(第二の三、取立て行為の規制、(1)、ハ、(ロ))に定められた「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知又は調停その他裁判手続をとったことの通知を受けた後に正当な理由なく債務者に対し支払請求をしてはならない。」との通達に牴触する行為である。

(3) また、原告は、強制執行予定の通知(乙二の一)と題する書面に触れて支払命令が被告に送達になったので、右支払命令に仮執行宣言を付されたい旨の申立てをし、仮執行宣言が付されたことから、債務名義が存在するものと判断したと主張するが、仮執行宣言付支払命令が債務者に送達にならなければ執行力は生じない。

しかるに、原告は、送達の有無を当該仮執行宣言付支払命令を発した裁判所に問い合わせるなら直ちにその有無が判明するにもかかわらず、それを怠り、一方的に債務名義が存在するものと判断して強制執行予定の通知なる書面を、それも直接被告あて送付したものであり、原告のこの行為は軽率の誹りを免れない。

(三) そうすると、前記認定事実(支払再開時の原告の対応やその後における原告の取立行為の経緯等)を総合考慮すれば、被告の前記支払再開時の一部弁済は、信義則に照らし、いまだ時効援用権の喪失を招来する程度に至っていないと解すべきであり、他に原告の再抗弁(消滅時効援用権の喪失)の事実を認めるに足りる証拠はない。

四  結論

以上によれば、原告の被告に対する前記消滅時効援用権の喪失についての主張は理由がなく、したがって、本件貸金債務は、時効期間の経過により既に消滅しているのであるから、原告は、被告に対し、本件貸金の支払を請求することはできないものと言うべきである。

(裁判官菅原正視)

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